私は約7年間病院で看護助手として勤務しておりました。「看護師?それはすごいね」と思われるかもしれませんが、看護師ではなく「助手」です。看護師資格は必要ないため、誰でも働ける仕事です。
看護師ではないため医療行為は出来ません。主な業務は患者様の身の回りの介助、看護師の処置介助です。聞こえはいいですが…看護師がやりたがらない雑用を任されることがほとんどです。
患者様の洗面、着替え、おむつ交換など。また、看護師の仕事がしやすいように、鼻導前にベッドをギャッチアップ、処置前に患部をすぐ出せるようにしておく、浣腸前と排便があった際はその片付けなど。病院で勤務している平均年齢は40代後半。当時30歳だったこともあり、先輩から「あんた若いんだからやってよー」と業務を押し付けてきます。
- 「専門職ではないことから将来が不安…」
- 「仕事を押し付けられる不遇…」
そのような環境から抜け出すには何をしたらいいか?
検討した結果、資格を取ろうと思いました。
前置きが長くなりましたが…
「看護助手からケアマネージャー(ケアマネ)に転職した体験談」を書いていきます。
4年目で介護福祉士を取得、5年目にケアマネ取得
在籍中の4年目、まずは介護福祉士を取りました。もちろん学校に通ったわけでなく、コツコツと勉強した成果です。ですが、資格を取ったら少しは良くなると思った考えが甘く、資格者なのだからとさらに業務を押し付けられる始末に。

よけい大変になってしまった…。やはり転職しないとダメだ…。
私が次に目指したのは「転職」「ケアマネ資格取得」です。この環境の中で、どうにかするのではなくて、次に進もうと考えました。ですが、資格取得には5年間の勤務経験がなくてはいけません、残り1年間は我慢して勤務を続けていきました。
そしてようやく5年が経過。資格を取れる経験を積み、無事ケアマネの資格を取得出来ました。内容は決して難しいものではありません。しっかりと勉強して、経験を積んでいれば、取得が出来るものです。
退職までに1年かかった…その後悔
「いよいよケアマネとして転職!」と思いきや退職までに1年もかかりました。その頃、次々と退職者が出てしまい人手不足の状況に。「私も」と言える環境ではなくなりました。求人を出しても人が増えず、1年経っても改善はみられません。
周りの職員に気を使いすぎていました。今思えば後悔ですね…。年齢も決して若くなかったため、すぐ動くべきでした。ようやく私は辞表を提出して退職へと。
転職活動は慎重に、ゆっくりと進めました
退職までに1年かかったわけですが、その分だけ時間がたくさんあったと言えます。30代後半だったことから、次に選ぶ職場が最後になる可能性もあります。勢いで決めるでなく慎重に決めようと考えていました。そこは私のもともとの性格もあると思います。
職業安定所(ハローワーク)に通いつめて求人を吟味
まず行ったのは職業安定所(ハローワーク)のサイトを何度も確認、実際に足を運ぶことも多々ありました。チェックしていたのは「いつも出ている求人かどうか?」です。離職者が多いと予想ができる施設は避けるようにしました。
それと待遇面を見ておくことで、勤務した時のイメージ作りにあてました。
- どのくらいの勤務日数なのか?
- 給料やボーナス、手当はどのくらいか?
- 休みの日数は?残業は?
どれくらいが妥当なのか、判断材料集めに没頭です。勤務地について隣市なども参考材料にしていました。
介護職専門の求人サイトで転職決まる
ハローワークでいろいろ情報を集めましたが、最終的に転職で使ったのは「介護職専門サイト」です。ハローワークは無料で掲載ができる分、企業側が本気で無いことが多いと聞きます。とりあえず出しておくか、といった姿勢では良い転職が出来ると思えませんでした。
介護職専門サイトに登録したのは退職する半年前です。こちらでも情報収集をおこないました。退職間近には、実際に連絡が来て相談に乗ってもらう。勤務地、歩合制、残業が多そうか等、ネットだけでは分からない情報を教えてくれました。
退職してからはいよいよ面接。担当者が指導してくれたこともあり無事合格。ケアマネとして第二の人生が始まりました。
転職はやはり…不安?家族に話すのがベストです
転職には不安が付き物です。私は臆病なところがあり環境が変化することが苦手です。一人では抱えきれないので家族に相談することもありました。
まず夫です。現在の職場での現状、転職しようと思った理由など話しました。「仕事をするのは自分なんだから、やりたいことをやったほうがいい。給料面で落ちるのは困るけど 笑」と快諾してくれました。残業が増えたらどうしようと不安なことも打ち明けましたが、その時は二人で何とかしていこうと心強いことを言ってくれました。現在は夫が早く帰宅した日には食事を用意してくれています。
次に母です。「人の人生に係る大変な仕事、それでも大丈夫?」と少し反対されました。ただ話していくうちに考えが変わったそうです。「思い切ってやりなさい」と背中を押してくれました。
家族に話して、相談して、不安な気持ちが軽くなりました。初めての経験、ケアマネ、仕事につくまでの間ワクワクしていたのを覚えています。
ケアマネになった!自分で仕事をしている実感が湧く
ケアマネージャーとして仕事が始まりました。私が働いているのは居宅支援事業所といいます。たくさん覚えることが多く、はじめは大変な世界に来てしまった…と思っていました。ただ周りの先輩にすごく良くしてもらったことで乗り越えられています。
仕事内容が変わったこともさることながら、以前の職場と違って誰かに仕事を押し付けられることがありません。まして予定を自分自身で決めることが出来ます。シフトを待たずに有休をとることも出来ます。仕事が溜まったら自分のせい、ゆとりがあるのは自分のおかげ、自己責任の環境に合っていたと思っております。
生涯続けられる仕事
ケアマネージャーの仕事は生涯続けられるものです。体力勝負ではありません。年齢が高くなっても続けていける職業です。
ただし、看護助手時代と比べると気苦労は増えたかもしれません。利用者、家族、事業所の担当者など様々な人と係る事が多くなりました。そのためか白髪が急激に増え、白髪染めをしなくてはいけない日々です(笑)
それでも利用者が自宅で困らずに生活できるように支援できた時。「ありがとう」の言葉を言ってくれた時。やりがいや達成感で心の中があふれます。その反面、利用者の死を受け入れなくてはいけない時があります。だんだんと病状が悪くなっていく様を見たとき、自分にできることはもっとなかったのか、自分の支援方法は本当にそれでよかったのか、常に自問自答です。
嬉しいこと、悲しいこと、やりがいを感じた、無力感を味わうこと。たくさんの感情があります。それでも、一歩一歩進める。楽しく仕事が出来ています。
「転職をして良かった、ケアマネになって良かった」
心から思っています。
最後に
転職は良いことばかりではありません。何度も途中で諦めたことがあります。だって慣れているところにいることのほうが楽だからです。
それでも飛び出そうとしました。何かを変えたくて。もし、これを読んでいるあなたがそう思って行動した時、いつか良かったと思える日が来ると思います。
私の好きな言葉があります。
「変えられるものは変えましょう。変えられないものはそのまま受け入れましょう」
私はこの言葉を今も考えながら前を向いて生きています。