【看護師転職】患者さんが亡くなる死の重さから不眠症に。急性期看護師を辞めてケアミックス病院に転職した体験談

転職体験(看護師)

看護師は離職率が高い仕事と言われています。

  • 人間関係が大変
  • 夜勤がつらい
  • 再就職しやすい

 

これが主な理由です。

 

私はどれにも該当せず違う理由で辞めました。

「患者さんが亡くなるのを見るのが怖い…」

 

その死の重さから不眠症になり、急性期からケアミックスに転職をしました。同じような悩みで苦しんでいる方へ向けて、私の体験談を書いていきます。

 

(看護学校)新人看護師は急性期をおすすめされる

「新人看護師は急性期に行くのをオススメします」

 

看護学校の先生から話がありませんでしたか?

 

私は実際そうでした。また、最初の病院は少なくとも3年は働けとも言われました。その結果、かなり苦しんだのも事実です。

 

もともとは、保健室の先生になると決めていました。

 

四年制大学の看護学科では、保健師や養護教諭一種の資格も合わせて取得をしました。しかし、就職で選んだのは看護師の道です。

 

看護学実習で「ありがとう」と言ってもらえる体験をしたことで、大きく考えが変わりました。看護師として働く、看護師としてキャリアを積む決意をしたのです。

 

勤め先は母体が全国展開している2.5次救急の急性期病院でした。

 

その時から「患者さんの死を見たくない」と不安を感じていました。昔からおばあちゃん子、どうしても亡くなった祖母のことを思い出してしまうのです。

 

その恐怖から整形外科を希望し、願いが叶いました。順調な看護師生活をスタートしたのです。

 

脳外科への配置転換、どんよりとした重い空気

喜んだのもつかの間、数ヶ月で配置転換となりました。異動先は脳外科メインの神経内科、眼科、整形外科の混合病棟です。

 

「まず新人は脳外科を学んだほうが良い」と病院の方針転換です。病棟に配属された新人看護師は8人です。

 

新しい病棟のため、フォローする先輩は足りていませんでした。職場の人間関係は悪くありませんでしたが、種別的にピリついた空気であったのは間違いありません。

 

「希望とは違ったけど…ここで勉強する!」

大変な毎日を前向きにとらえ、日々学びました。

 

脳腫瘍の患者は意識がはっきりあり、よくなる為に入院するという方もいました。しかし、そういった良い方向ばかりではありません。

 

ほとんどの患者は救急車で運ばれてくるわけです。ICUの術後からそのまま上がってきて、チューブだらけ。

 

肉体的にも、精神的にも、気を張り詰めた毎日でした。

 

休憩中には調べ物をしなければいけません。昼食はたったの10分だけ、全然休めませんでした。

 

入社前に想像していた看護師像とはかけ離れていました。

 

患者は日々状態が変わるため教科書通りにはいきません。業務も失敗ばかり…自信を得ることなんてありませんでした。

 

一人一人の患者とじっくり関わる時間もありません。ナースコールが鳴っても忙しくてすぐに行けない状況。私だけでなく先輩も同じ状況でした。

 

残業は毎日5時間ほど。定時に終わることもなく、クタクタで家に寝るために帰る日々。

 

さらには先輩から課題を課せられるため、眠い目をこすって勉強時間を確保。睡眠時間は3時間と大変な日々でした。

 

夜勤勤務開始でさらなる精神的疲労

半年たってようやく慣れたきたところで、夜勤勤務が始まりました。

 

3回ダブルでやったら独り立ちをしなければならないシステム、それがもの凄くプレッシャーでした。

 

どうしても夜間急変を目にすることになります。患者が亡くなると祖母のことを思い出してしまう。それだけでなく、御家族の悲しんだ姿を見るのも精神的に追い打ちをかけました。

 

家に帰っても仕事の緊張感は溶けず、ついにはまともに眠れなくなりました。肉体的にも精神的にも限界を迎えました。

 

精神科へ通院、仕事が楽になるも…

師長にすべてを話すと、温かい対応をしてくれました。心療内科のクリニック受診を勧めてくれ、さらに「自分のやりたい看護をやればいいよ」と患者を受け持たないフリーにしてくれました。

 

足浴、手浴、整容など看護は楽しいと思えるようにはなりました。しかし、眠れない症状は改善されません。

 

クリニックでは不眠症と診断され、睡眠薬を飲んでもほとんど効果が得られませんでした。

 

結果として、1か月の休養を頂くことになりました。

  • 「私がやりたい看護は何か?」
  • 「どんな看護ならできるか?」

 

休んでいる間にいろいろ考え、患者にじっくりと関わり寄り添う看護がしたいという結論にたどり着きました。

 

仕事は3年は続けるもの?それとも?

このとき、まだ一年目。

 

「あまりにも早すぎるのでは…」そういった理由で辞める決断ができずにいました。

 

「3年は同じ病院で踏ん張れ」という看護学校で先生から言われたことが脳裏にあったからです。

 

それでも、今の自分を変えたいと気持ちが高まったころ、出会った友達がいました。

 

  • 「その3年踏ん張るって根拠はなに?」
  • 「あなたはどんな人生を送りたいの?」
  • 「人生は仕事が全てじゃない」

私は何も答えられませんでした。

 

「何でここまで3年にこだわってきたんだろう…」そんな考えへと変わっていきました。

 

人生=仕事にはなりたくないし、先輩もヘトヘトな状況で未来が見えない。それなら思い切って変えてみよう。

 

【看護師】ケアミックスに転職してやりたいことにたどり着いた!

転職先はケアミックスです。

 

もともと働いていた脳外科病院、その患者が転院するところが今の勤め先です。

 

  • 麻痺がある患者
  • 骨折でリハビリが必要な患者

入院し日常生活へ戻る訓練をしています。

 

治療を脱しているため、死を見ることが格段と減りました。そのおかげもあり、精神的な負担が減ったのは事実です。

 

歩けなかった人が歩いて退院する姿を何度も見ることができ、やりがいを感じる日々。患者と関わる時間は倍以上に増えました。

 

私の名前を覚えてくれる方もいます。「ありがとう。◯◯さん(私)のおかげよ」と言ってもらうことはこの上ない喜びとなりました。

 

夜勤は未だに緊張しますが、残業はないため肉体的疲労は少なくなりました。

 

しっかり眠れるようになり睡眠の質も改善されました。現在薬は内服していません。

 

ケアミックスに転職して、ようやく看護師としてスタートを切れた。そんな気がします。

 

最後に

 

看護師として3年半働き、感じることがあります。

 

「まずは自分を大事にすべき」

 

仕事に追われて、肉体的に精神的に追い詰められてしまう。そうなると、患者を心から大事にすることは出来ません。

 

苦しい思いを我慢して、身体に症状が出るまでその仕事をする必要はありません。私は友達が言ってくれた言葉で心も体も軽くなりました。

 

転職は、自分の生き方や仕事を見つめなおす良いきっかけだったと思います。

 

転職を勧めたいわけではなく、同じように悩んでいる方へ。そして自分自身を振り返るきっかけになればと思い文章にしました。

 

今の現状を変える為には勇気がいると思います。でもその勇気があなたを幸せへと導いてくれると信じています。

 

少しでもあなたの心が軽くなれば幸いです。